重要なのは「答え」じゃなくて「問い」
人は「問い」を持って日々生きていると、その問いの答えとなるものが面白いぐらい日常からどんどん見つかっていくんだな、というのを最近特に感じます。
だから、「もやもやした状態」って大事なんだろうなと。
そして、見つかる時っていうのは、真面目にPCに向かって作業している時じゃなく、携帯をイジっている時とか、SNSを意図なく眺めている時じゃなくて、自分で自分を見つめている時が僕は多いです。
例えば散歩中、シャワーの中、車の運転中とか。最近はポッドキャストで話を聞いている後に閃くことも増えてきました。
あと僕の場合は毎日朝ワンちゃんの散歩をするんですけど、最近特にモヤモヤした状態で歩いています。
先日の話ですが、ある組織の経営に関わっているんですけど、そこでリーダー職をされている一人のベテランの方が突然辞める、という事を伝えてきました。しかも、会社内のミーティングの途中、というか話し合いが終わる直前でです😅
僕はその場にいなかったのですが、後から聞くとみんなも「えっ、なになに?」という雰囲気で、一瞬空気が凍って誰も一言も喋れない沈黙の時間が10秒ぐらい流れたそうです。
まあビックリですよね。そこで言うか?みたいな。
まあその方とは僕も比較的仲良くしてはいましたが、どこかで辞めると言い出してもオカシクないな、とは正直思っていました。その理由としては、人それぞれ意見があるのは普通で、それを抑えることはしない組織ですが、彼の「組織内の正解」に向き合う姿勢にちょっと危うさを感じていたからです。
ともあれこれからその方とも話をする事になるのですが、話をするのにもだし、他のメンバーと今回の件で話をする上でも、自分の中で考えを消化してから誠実な姿勢で意見を伝えたいと思ったので、このモヤモヤを抱えながら散歩を始めました。
散歩中、そのモヤモヤと丁寧に向き合う練習をするんです。ほんの些細な事でも、何か違和感とか気になる事があったなら、その出来事を振り返りながら、自分で自分に問いかけをしています。
どうしてもショックな出来事が起きた時って、感情が自分の頭、心を占めてしまうので、冷静な判断ができない状況になります。今回も例外ではなく、まあ悲しみや怒り、いらつきとか投げやりになる気持ちも出てきました。
だからと言って、感情をないがしろにするんじゃなくてですが、感情という椅子に座ってみる。そして感情を感じるという行動を続けるんですよね。これ、今練習中なんですけど、結構難しいし辛い😅
というのも、若い頃から今まで自分は心の痛みを「麻痺」させる事でさまざまな事を乗り越えてきたのですが、今回は痛みを真正面から受け止めているわけです。
歯医者で言うと、麻酔をしないで歯の治療をする感じですかね(ちょっと違うかも😅)
だから、どうしても早く答えを見つけて苦しく痛い気持ちから逃れたいので、とりあえず答えみたいなものを見つけようとしちゃったり、自分に都合の良さそうな答え、自分の過去のトラウマから逃げるのに都合の良い理屈だったり、自分に必要の無い、もしくは邪魔になるアイデアを排除しようとしちゃうんです。
でもそうじゃなくて、無視するでもない、麻痺させるでもない、感じる、って事に取り組むわけです。
で面白い事にですね、感情君(あえて人と見立てます)も承認される、受け止めてあげると落ち着いてくるんです。そうすると、自然とこんがらがった糸が解きほぐされるような感じで、今までテキトウな答えを見つけて折り合いをつけていた結果見えなかった世界が浮き上がってくるんです。
「感情を麻痺させる、無視する」事が得意な僕はまだまだ発展途上ですが、自分の人生の豊かさをさらに上げていく上では避けては通れない部分だと感じているので、我慢しながら練習しています。
あと、お金に困っていた人がお金を稼げるようになった際に、物理的な問題を解決できるようになる事で得られる快感、満足感や充実感を隠れ蓑に、本当に自分が向き合わないといけない問題から避けているケースもありますね(僕でした😅)
後でそれで苦しんでいる方も結構いらっしゃるので、また違う投稿でその話はしたいと思います。
なので、もやもやした状態になった時は、「今できる限界まで、もやもやを取ろう」という努力をするのはオススメです。
「今はもやもやしてるけど、別にいっか!」
ってなってしまうと、忘れてしまって、意識しなくなってしまい、せっかくの成長の機会をスルーする事になるのかな、と思っています。
折角の宝物を拾わないのは勿体無いので、
「できる範囲でもがいてみる」
という事は大切という話でした🙇♂️
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